志村、ウシロ!ウシロ!

武道的に求めている境地はもうわかりきっています。
みんな口をそろえて言っています。
「無」であると。

また陰陽、火水、虚実。
万物流転、円転無窮であると。

これらのことは誰もが知っています。

じゃあ、なぜ表現として現れないのかということです。

おそらく解釈、捉え方が不十分なんだろうと思われます。

陰陽、陰陽というのですが、
じゃあ、改めて「陰」とはなんですかというところだと思います。

○勝手に解釈。
陰と陽と並立的に記述されるので陽の反対が陰だなと解釈してしまいます。
押せば引け、引けば押せという言葉がありますが、
厳密に言えばこの対応は実はプラスの陽に対してマイナスの陽で対応しているので、
実は陰と陽になっていない。

男性という個体と女性という個体があるので思わず、並立的に考えてしまいがちですが
「陰」と「陽」、「男」と「女」、「太陽」と「月」といったとき
それらは実は立体的な関係性なんじゃなかろうかと思うわけです。

1:1という関係ではなく、
顕在意識(陽):潜在意識(陰)=1:9のような関係。
または複素空間における実数(陽)と虚数(陰)の関係なんじゃないのかと。

そのヒントとして、ウシロという感覚を考えてもいいのではと思った次第です。

これは背後ということではなく、目で見ることができないウシロという感覚です。

背後は後ろを向けば見えます、けれどもそれはもう後ろではなく前ですね。
どんなに速く首を回しても決して見れないウシロという感覚。
言ってみれば永遠の謎です。
しかし、それは生まれてこの方ずっと寄り添ってあるものでもあります。

この感覚が無意識という「陰」に近い感覚じゃないかなと思ったのです。

背後というのはいわばマイナスの「陽」で、「陰」ではなく「陰っぽいもの」
360度円満といったときは単純に周囲360度だと
厳密には「陽」だけなので、目指しているバランスはとれてないのではないのかということ。
実際の「陰」というのは奥行や深さの方向にあるのじゃないのかなと。
奥行としてのウシロ(陰)というのも含んで円満充実で、
陰陽がそろい「無」にも繋がるのじゅないのかと。

そんなお話し。

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