改めて創造武

なぜ、ここの合気道に惹かれたのか改めて考えてみます。

単純にいうと先があるということ。
技が出来ました、達人になりました~、パチパチパチお終い、ではないということです。

達人と言われる人たちの動画などを見て私が感じるのは、
「すごいなぁ」と同時に
「で、だから」です。

すごい技だなとは思うのですが、だからという感じです。

なぜ私はそう感じるのか。

それらは
どんなに高い殺人技術だとしても、枠の中のことのように感じられるから。
どんなに高い技術だろうとある枠内における対処法であると感じられるから。

そう感じるのはただ私の興味はその先にあるということで、
「こうやったらこうなります」ということより、なぜ「こうやったらこうなる」というように宇宙は創られているのかという方に興味が強いということなのだろうと思うのです。

それで、うちの合気道はどう言っているのかということについて、私はどう解釈しているのかですが。

変な例えではありますが
「それらは戦乱の世にあっては素晴らしい技術であるが、それはあくまでもそのような世界の中での立ち回る術である。たしかにすごいのだけれども世界の内側での立ち振る舞いであるということ。
うちの合気道でやろうとしていることは、その世界自体を変えていくこと。
ある状況内の対処法ではなく、その状況自体を変化させる、新しい関係性を作っていくこと。
言ってみれば戦乱の世自体を変化させる方法であるということ」
という感じ(ニュアンス)です。

つまりは
「ある宇宙の法則で作られた世界(宇宙)の内側で右往左往することではなく
その法則を知り理解して活用する、世界(宇宙)の外側にいて世界(宇宙)を創ることに参画すること」

そうなんです「おおげさにいうのならば きっと こういうことなんだろう~」と思とるわけなんです。

でもそんなことは置いといて、単純にやっていて楽しいからなんですけどね。

不思議で、楽しいよ。

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