料理について

料理とは日々毎日のことなのですが、しかしながらそこで出会う食材というのはいつも最初で最後の出会いなのです。

生涯にわたって一度きり、これっきりなのです。もう二度と出会うことはない。
ひとことに人参と言っても、「その人参」とは今回限り。

だからいつだって真剣です。

料理はライブであり、対話です。

食材や鍋の「声」を聞くのです。

単なる音も
こちらが聞き手として立てば
それをメッセージとして受け取るならば
ただ音ということではなく、それは「声」になるのです。

音だけではなく、匂いや見た目、触覚すべて「声」になります。

こうなると料理は格段に面白くなります。
そうじゃないと私は料理が出来ません。

だからどうしたって、毎回本気で、真剣勝負です。真剣な遊び。

時々聞き間違ってしまいますが...その時はごめんなさい。

そしてこちらが誠心誠意向き合えば
むこうは「美味しい!」で返してくれます。

 

 

つぶつぶ

今、合気道と共に学んでいるものに”つぶつぶ”という雑穀、穀物を中心にした料理があります。それについての私の認識を書いてみたいと思います。

簡単に言うと、和食です。
和食というか日本の食文化の本質を受け継いで
現代版に再構築した和食です。結局和食...。

数ある料理法のひとつというより生命現象を見据えた生命科学といえばいいのか
根本料理法というべきものです。

代表的料理に高キビという雑穀を使った、高キビハンバーグというものがあります。が、これは肉の代用品という立ち位置で作られたものではありません。
つぶつぶの立場に立つならば、身体が本来求めているものは良質の塩と油になります。つまり、肉のほうが本来ほしいものである塩と油の代用品であるとなります。
ここでおもしろいのが、肉はダメェ~という対応をしないというとこです。
人類が創り出し経験したことをそのまま否定することなく、その経験を昇華する形で、生命現象にのっとって再構築して高キビハンバーグが生まれたことです。

うちの合気道も今までの武道経験が無駄になるということがありません。腰回りというのは無意識のハタラキですが、そこにはその人の経験したことが組み込まれその人独自の個性となって現れると思っています。同じ腰回りといってもその現れる質感は人によって違うみたいです。
母体武道ですから、ここの考えを元にすれば今やられている武道も昇華する形で再構築できると思っています。
だから、多くの人が腰回りを会得すれば面白いことになるんじゃないかと思っています。

あとつぶつぶでは料理上手は生き方上手とも言われています。

あれ? なんか同じ~。

母体武道、創造武、処世の実学。